2019年11月18日

1テサロニケ5章3a、4節

「人々が『平和だ。安全だ』と言っているそのようなときに、突如として滅びが彼らに襲いかかります。・・・しかし、兄弟たち。あなたがたは暗闇の中にはいないのですから、その日が、盗人のようにあなたがたを襲うことはありません」。

私たちは「光の子」です。闇の中にはいません。しかし、安穏を貪る世の風潮に流され、闇の中に片足を突っ込んで、危険な時間を過ごさないようにしましょう。
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2019年11月16日

エゼキ18章30b、31節a

「悔い改めて、あなたがたのすべての背きの罪を振り捨てよ。不義に引き込まれることがないようにせよ。あなたがたの犯したすべての背きの罪をあなたがたの中から放り出せ。こうして、新しい心と新しい霊を得よ」。

「わたしのまちがひだった/わたしのまちがひだった/こうして草にすわれば/それがわかる」(クリスチャン詩人八木重吉)。新しい心と霊を得ていれば、私たちにもそれがわかります。
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2019年11月15日

エゼキエル18章14節

「わたしは悪者の死を喜ぶだろうか。(神である主の御告げ)彼がその態度を悔い改めて、生きることを喜ばないだろうか」。

神は悪者を裁かれます。しかし、悪者の魂が滅ぶことを喜ばれません。その悪者とは私たちのことでもあります。神は、私たちが態度を悔い改めて、「生きること」を願っておられるのです。神の願いを私たち自身の願いにしましょう。悪者を呪うことは、自分を呪うことです。
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2019年11月14日

エゼキエル18章22節

「彼が犯したすべての背きの罪は覚えられることはなく、彼が行った正しいことのために、彼は生きる」。

主が「あなたの罪はすべて忘れた」と言われるのです。昨日の罪を引きずらず、今日の恵みに感謝し、聖くされた者として歩みましょう。主は、私たちの罪ではなく、正しい行いの一つ一つを数えて、喜んでくださいます。それゆえ私たちも、悔い改めた心で、主の目に正しいことを行うのです。
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2019年11月13日

エゼキエル14章6節

「悔い改めよ。偶像を捨て去り、すべての忌みきらうべきものをあなたがたの前から遠ざけよ」。

私たちの生活や心の中に「偶像」や「主が嫌われるもの」がないか、吟味してみましょう。それは私たちの魂を縛っています。辛く痛くとも、それを断ち切るなら、真の平安が訪れます。思考と行動が自由になります。人間関係も楽になります。閉ざされていた恵みの世界が、次第に開かれていきます。
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