2016年02月29日

Iサムエル10章18節

「わたしはイスラエルをエジプトから連れ上り、あなたがたを、エジプトの手と、あなたがたをしいたげていたすべての王国の手から、救い出した」。

私たちは「罪の世界」から救い出され、「神の国」に入りました。なのに、まだ暗闇の中で考える習慣が残ってはいませんか。光の支配の中で生きる訓練をしましょう。人間関係を光の中で、明日のことも光の中で考える習慣がつけば、思い煩いは消えます。
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2016年02月27日

ルカ3章11節

「下着を二枚持っている者は、一つも持たない者に分けなさい。食べ物を持っている者も、そうしなさい」。

私たちは祝福する者として召されています。主から受けた恵みを分かち合うこと、それが神の国の喜びです。身を切って行う施しだからこそ、社会を変える力となります。そして、その分、主から受ける祝福も大きくなるのです。ささげる喜びを知らなければ、けっして豊かな人生は送れません。
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2016年02月26日

ルカ3章9節

「斧もすでに木の根元に置かれています。だから、良い実を結ばない木は、みな切り倒されて、火に投げ込まれます」。

神の国の実を結ばない者への警告です。種は蒔けばそれで終わりなのではなく、肥料や水をやり、雑草を取り続けなければなりません。神の国もそうです。日々、御言葉を学び、成長の妨げとなる「雑草」を取り除くのです。そうすれば、主の光を受けておのずから実を結びます。
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2016年02月25日

ルカ3章4節

「荒野で叫ぶ者の声がする。『主の道を用意し、主の通られる道をまっすぐにせよ』」。「こうして、あらゆる人が神の救いを見るように」(6)

すること、それがバプテスマのヨハネの役割でした。私たちも、隣人のために「主の道を用意」する務めを負っています。それは、愛と義への飢え渇きを起こさせ、十字架を示すことです。私たちも「荒野で叫ぶ者」となり、人々の心に届く「声」を持ちましょう。
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2016年02月24日

ルカ2章29、30節

「主よ。今こそあなたは、あなたのしもべを、みことばどおり、安らかに去らせてくださいます。私の目があなたの御救いを見たからです」。

救い主の到来を見たシメオンには、何も思い残すことはないという安けさが満ちています。救いを達成し、人生を完成させたという高揚感です。クリスチャンの人生はこの高揚感から始まります。残りの人生は、神の国のために自分を主に捧げていくだけです。
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