2016年03月31日

Iサムエル23章17bc節

「恐れることはありません。私の父サウルの手があなたの身に及ぶことはないからです。あなたこそ、イスラエルの王となり、私はあなたの次に立つ者となるでしょう」。

王位をダビデに譲るヨナタンの潔さは、二人の友情を深めます。そして、ダビデの下で王国を支えようというヨナタンの謙虚さは、神の計画を推進します。二人の友情はやがて両者の部族を一つにし、神の国の雛型を築き上げます。
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2016年03月30日

Iサムエル22章23節

「私といっしょにいなさい。恐れることはない。私のいのちをねらう者は、あなたのいのちをねらう。しかし私といっしょにいれば、あなたは安全だ」。

祭司アヒメレク一族はサウルに虐殺され、エブヤタルだけが生き残りました。ダビデは彼に、「私と一緒にいれば安全だ」と言います。ダビデも主と一緒にいるので、安全が保障されているのです。あなたも隣人を、あなたの安全の中に包み込めます。
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2016年03月29日

Iサムエル20章17節

「ヨナタンは、もう一度ダビデに誓った。ヨナタンは自分を愛するほどに、ダビデを愛していたからである」。

ヨナタンは信仰の勇士です。そのヨナタンがダビデの信仰と勇気に心酔しました。ヨナタンは、王位をダビデに譲ることが主の御心と悟り、体を張ってダビデを父サウルの魔の手から守りました。信仰者は共鳴し合うのです。優れた信仰者を友にして愛することが、あなたの成長となります。
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2016年03月28日

Iサムエル18章12節

「サウルはダビデを恐れた。主はダビデとともにおられ、サウルのところから去られたからである」。

ダビデがサウルを脅したわけではなく、サウルが勝手にダビデを恐れ、その恐れが破滅へと走らせました。恐れが生じるのは、主がともにおられないからです。主がともにおられないのは、主と正しい関係を結ぼうとしないからです。もし今、恐れがあるなら、主との関係を真っ直ぐにしましょう。
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2016年03月26日

ルカ5章16節

「しかし、イエスご自身は、よく荒野に退いて祈っておられた」。

大空と大地の間に立ち、天地の創造主なる神に向かって、独りで祈る機会を持ちましょう。多忙だからこそ、主イエスはそうされました。山に登り、祈りながら夜を過ごされたこともありました。私たちもそのように独りで主と向かえば、自分は独りではなく、主がともにおられることがわかります。存在する勇気が湧き上がってきます。
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