2017年01月31日

ヨブ13章2、3節

「あなたがたの知っていることは私も知っている。私はあなたがたに劣っていない。だが、私は全能者に語りかけ、神と論じ合ってみたい」。

これはヨブの高ぶりです。「なぜこんな不条理なことを許されるのか」と、神に問いたくなることがしばしば起こります。しかし神は、その「なぜ」に答えられません。人は、神とは論じ合えないのです。ただ頭を低くして、神に聞き従うことが祝福の道です。
posted by e-grape at 07:52| All | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月30日

ヨブ12章2節

「確かにあなたがたは人だ。あなたがたが死ぬと、知恵も共に死ぬ」。

知恵や知識は、それが聖書から得たものであっても、脳細胞の死とともにすべてを消えてしまいます。脳に溜め込んだだけでは、力にならないのです。知恵と知識は、信仰とともに働かせることで、初めて力を生み出し、そして「永遠のいのち」の中に蓄えられていきます。まず、御言葉を土台にして祈ることから始めましょう。
posted by e-grape at 08:08| All | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月28日

使徒4章32、33節

「信じた者の群れは、心と思いを一つにして、 だれひとりその持ち物を自分のものと言わず、 すべてを共有にしていた。使徒たちは、 主イエスの復活を非常に力強くあかしし、 大きな恵みがそのすべての者の上にあった」。

聖霊に満たされた群れなら、心を一つにできます。 恵みを知っているなら、心は大きくなります。 主の復活を信じているなら力強い証人になれます。 もっと初代教会に近づけるはずです。
posted by e-grape at 07:55| All | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月27日

使徒4章30節

「御手を伸ばしていやしを行わせ、 あなたの聖なるしもべイエスの御名によって、 しるしと不思議なわざを行わせてください」。

初代教会の人々がこう祈ったとき、「一同は聖霊に満たされ」 ました。私たちはキリストの御名を冠された者です。 キリスト者はキリストの霊に満たされています。御名のために、 御名によって、主のわざを行い、主の御名がほめ讃えられるのが、 人生の第一の目的です。
posted by e-grape at 09:01| All | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月26日

使徒4章19、20節

「神に聞き従うより、あなたがたに聞き従うほうが、 神の前に正しいかどうか、判断してください。私たちは、 自分の見たこと、また聞いたことを、 話さないわけにはいきません」。

人を恐れれば、 神に聞き従わなくなり、神に聞き従えば、人を恐れなくなります。 毎日がこの選択です。どちらが正しいかは、わかっています。 どちらを選ぶかより、どうすれば正しい方を選べるかを、 祈り考えましょう。
posted by e-grape at 07:23| All | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする