2017年02月28日

詩篇1篇2節

「まことに、その人は主の教えを喜びとし、昼も夜もその教えを口ずさむ」。

知識や才能があれば、良い実を結べるわけではありません。主の教えを愛し、心に蓄え、いつも口ずさむことが、御霊の実を結ぶ道です。聖書は、とにかく毎日、主の言葉を反復して唱えよと命じています。人生でどれだけ豊かに実を結べるかは、この実践にかかっています。ユダヤ人はそうして民族性を守って来たのです。
posted by e-grape at 07:53| All | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月27日

詩篇1篇1節

「幸いなことよ。悪者のはかりごとに歩まず、罪人の道に立たず、あざける者の座に着かなかった、その人」。

罪を恥じない人と一緒に「歩まない」「立たない」「座らない」。それが幸いな人の三原則です。つまり、同意しない、行動を共にしない、相談もしないことです。悪口や下品な会話や不品行の道に引き込まれないように、一線を引き、最初から断ることが、人生で良い実を結ぶ最低条件です。
posted by e-grape at 08:11| All | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月25日

使徒8章31節

「導く人がなければ、どうしてわかりましょう」。

そう言って、エチオピアの宦官は執事のピリポから聖書の手ほどきを受け、救いを確信しました。わからないことはわからないと認め、謙遜に教わりましょう。面子や恥ずかしさのために、大事な機会を逃してはなりません。へりくだった人が、結局、多くのものを受けます。教わることをよしとする人が、やがて人を導く者へと成長を遂げるのです。
posted by e-grape at 07:42| All | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月24日

使徒7章60節

「そして、ひざまずいて、大声でこう叫んだ。『主よ。この罪を彼らに負わせないでください。』こう言って、眠りについた」。

キリストに倣うステパノの最期の叫びです。付け焼刃の信仰で出てくる言葉ではありません。日頃からこの叫びを心に噛みしめているなら、何事が起こっても、感情に左右されず、人の罪を赦せるようになれるでしょう。とっさの時も、心が条件反射するほどに変わります。
posted by e-grape at 22:25| All | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月23日

使徒7章56節

「見なさい。天が開けて、人の子が神の右に立っておられるのが見えます」。

ステパノには天のキリストが見えました。石打ちで殺される間際、「この罪を彼らに負わせないでください」と言って、霊を委ねました。心のきよい人には神が見えます。心のきよさは、「ああ、私はもうだめだ」(イザ6:5)と、自分の罪を悲しむことから生じます。そのように悲しむ者は、聖霊の慰めを受けるからです(マタ5:4)。
posted by e-grape at 07:15| All | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする