2017年05月31日

ロー2章4節

「それとも、神の憐れみがあなたを悔い改めに導くことも知らないで、その豊かな慈愛と寛容と忍耐とを軽んじるのですか」。

今、罪を犯していると自覚しているのに、まだ神の裁きがないとすれば、それは神が忍耐しておられるからです。神は憐みの目で、悔い改めを待っておられます。神の寛容と忍耐がいつまで続くかなどと、試すようなことをしてはなりません。すでに悔い改めの時は来ています。
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2017年05月30日

ローマ2章1節

「すべて他人を裁く人よ。あなたに弁解の余地はありません。・・裁くあなたが、それと同じことを行なっているからです」。

人を裁く権威は、神だけのものです。もし私たちが人を裁くなら、自分を神としているのです。神はその傲慢さを嫌われます。自分の罪を自覚するなら、とても人を裁けません。私たちは神に憐れまれ、忍耐されて生きています。私たちも同じように人を憐れむほかないのです。
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2017年05月29日

ローマ1章20節

「神の目に見えない本性、すなわち神の永遠の力と神性は、世界の創造された時からこのかた、被造物によって知られ、はっきりと認められるのであって、彼らに弁解の余地はないのです」。

自動車が製造会社名を表示して道路を走っているように、私たちは創造主の御名をつけてこの世界に生きています。私たちは、愛と慈しみを示すことで、この世界には愛なる神がおられることを証しするのです。
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2017年05月27日

詩篇22篇24節

「まことに、主は悩む者の悩みをさげすむことなく、いとうことなく、御顔を隠されもしなかった。むしろ、彼が助けを叫び求めたとき、聞いてくださった」。

主は、御顔を私たちに向け、眼差しを注ぎ、耳を傾けておられます。私たちのほうが、顔を背け、目を閉じ、耳を塞いではいないでしょうか。主に真っ直ぐに向かい、詩篇を朗読することから始めてみてください。主の応答を聞くでしょう。
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2017年05月26日

詩篇22篇23節

「主を恐れる人々よ。主を賛美せよ。ヤコブのすべてのすえよ。主をあがめよ。イスラエルのすべてのすえよ。主の前におののけ」。

人が生かされているのは、主を喜び、賛美するためです。賛美の歌だけではありません。朗読することも、唱えることも、奏でることも、踊ることも、そうです。新しい天と地においても、主への賛美を喜びとして暮らします。賛美が、被造物のいのちを躍動させるのです。
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