2017年10月31日

ローマ11章36節

「すべてのことが、神から発し、神によって成り、神に至るからです」。

「神」のところに「私」を入れてしまうことがありませんか。「私中心」の信仰だと、神の国の暮らしに支障を来たします。人間関係も破綻します。「神中心」に考えているか、吟味してみてください。「私のための神」という信仰から、「神のための私」に転換しましょう。そうすれば、神から発し神に至る大きな祝福の波に乗れます。
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2017年10月30日

ローマ11章33節

「ああ、神の知恵と知識との富は、なんと底知れず深いことでしょう。そのさばきは、何と知り尽くしがたく、その道は、なんとはかり知りがたいことでしょう」。

神の計画は壮大で、祝福は無尽蔵です。それを最大限に享受するには、自分の理屈や言い訳を引っ込めること、自分を神の言葉に縛り付け神の考え方で行動すること、神に人生の白紙委任状を差し出すこと、あとは聖霊に委ねることです。
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2017年10月28日

詩篇54篇1節

「神よ。御名によって、私をお救いください。あなたの権威によって、私を弁護してください」。

ダビデは御名の権威に信頼して、「私の口のことばに耳を傾けてください」(2)と叫びます。心の不安と恐れを、願いとともに注ぎ出します。そうして確信と平安に行き着き、御名への感謝で祈りを閉じます。これが苦境に立つダビデの祈りです。自分の祈りの型を持てば、戸惑うことなく祈りに入れます。
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2017年10月27日

詩篇53篇2節

「神は天から人の子らを見おろして、神を尋ね求める、悟りのある者がいるかどうかをご覧になった」。「いない。ひとりもいない」

(3)が答えです。「だれもかれも腐り果てて」います。それでも神は天から見おろし、「神の人」を探しておられます。謙遜な無名の人や、目覚めた小さな人を見つけ出して、用いたいのです。彼らは、才能のある高慢な人たちより、最終的には多くの益を生み出すからです。
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2017年10月26日

詩篇52篇8節

「しかし、この私は、神の家にあるおい茂るオリーブの木のようだ。私は、世々限りなく、神の恵みに拠り頼む」。

人を羨んではなりません。成功をあせり、手っ取り早い方法を選んでもなりません。神の恵みに生きる者として、面倒がらずに聖書を学び、祈り、主に仕えましょう。恵みに生きるとは、何もしないことではなく、恵みに拠り頼んで、御言葉を実行することです。実を結ぶ日が必ず来ます。
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