2017年11月06日

詩篇55篇16-17節

「私が、神に呼ばわると、主は私を救ってくださる。夕、朝、真昼、私は嘆き、うめく。すると、主は私の声を聞いてくださる」


自分の無力さを思い知り、絶望するのはよいことです。その絶望が祈りの原動力となるからです。自分の限界を越えているのに、何とかなるだろうと思って祈らないのは、人生の放棄にも等しいことです。絶望から主の憐れみを祈り求める人を、主は放ってはおかれません。
posted by e-grape at 07:31| All | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする