2017年12月31日

ヨハネ1章4、5節

「この方にいのちがあった。このいのちは人の光であった。光はやみの中に輝いている。やみはこれに打ち勝たなかった」。

一年の終わりに、主の前に心を正し、光に生きる決意をして新年を迎えましょう。すべては光によって生かされています。太陽の光が消えたらなら、地球は氷の世界です。主の光が消えたなら、人の心は凍てつく世界です。光は暗黒の死の世界を破ります。光に照らされ、光に心を暖められ、光の中を歩みましょう。
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2017年12月30日

ローマ14章17節

「神の国は飲み食いのことではなく、義と平和と聖霊による喜びだからです」。

神の国とは神の支配のことです。神の支配に委ねると、心は恐れから解放され、聖霊による喜びで躍動します。しかし、この世の事に心を支配されると、「飲み食いのこと(衣食住やお金)」で振り回されます。世の思い煩いに主導権を渡してはなりません。「主よ、私を御支配ください」という祈りで、一日を始めてください。
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2017年12月29日

ローマ14章15節b

「キリストが代わりに死んでくださったほどの人を、あなたの食べ物のことで滅ぼさないでください」。

誰にでも自分の考え方や作法にこだわりがあります。しかし、そのこだわりで、人を見下したり裁いたりしてはなりません。その人たちも、主の愛を一身に受けているのです。支持する政党や、音楽や芸術の趣味や、感性や意見や聖書の解釈に違いがあっても、兄弟姉妹として、愛し合いませんか。
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2017年12月28日

ローマ14章12節

「私たちは、おのおの自分のことを神の御前に申し開きすることになります」。

この事実を忘れて、人を裁いてはいませんか。人を裁くのと同じ基準で、自分も主に裁かれますが、大丈夫ですか。私たちは忘れっぽくて、まるで神は見ていないかのように、他人を厳しい基準で批判してしまいます。弁解、責任転嫁、申し開きの訓練よりも、神の御前でへりくだり、悔い改める訓練を繰り返しましょう。
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2017年12月27日

ローマ14章8節

「もし生きるなら、主のために生き、もし死ぬなら、主のために死ぬのです。ですから、生きるにしても、死ぬにしても、私たちは主のものです」。

自分のためだけに生きているのなら、失敗したとき、人生を投げ出しても不思議ではありません。しかし、私たちは自己実現ではなく、キリスト実現のために生きています。成功しても失敗しても、主の御心を実現するために、知恵も力も尽くすのです。
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