2018年02月28日

詩篇90篇14、15節

「どうか、朝には、あなたの恵みで私たちを満ち足らせ、私たちのすべての日に、喜び歌い、楽しむようにしてください。あなたが私たちを悩まされた日々と、私たちが災いに会った年々に応じて、私たちを楽しませてください」。

このモーセの祈りを、自分の祈りにしませんか。「荒野」を歩む日々でも、主の恵みで満ち足りて、今日を喜び楽しむためです。災いと悩みに耐えた分、主は報いてくださいます。
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2018年02月27日

詩篇90篇12節

「それゆえ、私たちに自分の日を正しく数えることを教えてください。そうして私たちに知恵の心を得させてください」。

私たちは自分の齢をひと息に終わらせるような存在です。だからこそ、毎朝、祈りと御言葉の学びで主と交わって、一日一日に節目をつけるのです。そして、主の日(安息日)に礼拝を捧げ、1週間にも節目を付けます。人は節目で成長し、人生は節目があって堅固になっていくのです。
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2018年02月26日

詩篇90篇4節

「まことに、あなたの目には、千年も、きのうのように過ぎ去り、夜回りのひとときのようです」。

120歳まで生きたモーセの言葉です。70年、80年の人生は矢のように飛び去っていきます。主は、1日、1週間という単位を設けてくださいました。それは私たちが時間を空気のように扱わないためです。今日の一日を昨日の延長のように惰性で過ごせば、1週間はのっぺらぼうな時間になってしまいますよ。
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2018年02月24日

Iコリント2章1、2節

「私があなたがたのところへ行ったとき、私は、すぐれたことば、すぐれた知恵を用いて、神のあかしを宣べ伝えることはしませんでした。なぜなら私は、あなたがたの間で、イエス・キリスト、すなわち十字架につけられた方のほかは、何も知らないことに決心したからです」。

自分の言い分や理屈を押し通さず、十字架のキリストだけで、人と向かい合ってみませんか。あなたが楽になりますよ。
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2018年02月23日

Iコリント1章31節

「誇る者は主を誇れ」。

私たちは、聖なる全能の神だけを誇ります。私たちを愛し、私たちのためにいのちを捨てられたイエス・キリストを誇ります。慰め主、内住の聖霊を誇ります。私たちが何かを成し遂げたとしても、けっして自分自身を誇りません。「これは私ではない。主がなされたことだ」と、迷うことなく主を誇ります。主だけを誇りとする生き方が、私たちを卑屈や邪念から守ります。
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