2018年05月24日

Iコリント10章11節

「これらのことが彼らに起こったのは、戒めのためであり、それが書かれたのは、世の終わりに臨んでいる私たちへの教訓とするためです」。

未来に希望を持たない人々は堕落します。過去の出来事を後世に伝えず、残された教訓を学ばない国民は衰亡します。聖書は、過去の教訓と、未来の希望と、それを生かす知恵と力を私たちに授けます。それを学習し用いる私たちは、この時代の人々を救います。
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2018年05月23日

Iコリント9章27節

「私は自分の体を打ち叩いて従わせます。それは、私がほかの人に宣べ伝えておきながら、自分自身が失格者になるようなことのないためです」。

最も大切なものは何か。それを知っているなら、それを獲得するために全てを捧げます。また、それを失わないために、自分を捨てて主に従います。エサウのように、朽ちてしまう「食い物」のために、朽ちない「祝福の継承権」を差し出してはなりません。
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2018年05月22日

Iコリント9章26節

「私は決勝点がどこかわからないような走り方はしていません。空を打つような拳闘もしてはいません」。

どんなに早く走っても、ゴールを間違えれば失格です。ゴールを見失ったまま走り続けるのは、愚かで危険です。走りが遅くても、ゴールが見えていれば大丈夫、必ず辿り着けます。また、やみくもにパンチを繰り出すよりも、標的を狙いすまして、有効打を一発打ち込むほうが、勝っています。
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2018年05月21日

Iコリント9章25節

「闘技をする者は、あらゆることについて自制します。彼らは朽ちる冠を受けるためにそうするのですが、私たちは朽ちない冠を受けるためにそうするのです」。

スポーツ選手は勝利することをいつも考え、時間と労力を投入します。私たちは、世で成功しようがしまいが、神の国の働きに人生を投資し続けます。私たちは勝利者として、自分を捧げているのです。神の国にはあきらめがありません。
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2018年05月19日

Iコリント9章23節

「私はすべてのことを、福音のためにしています。それは、私も福音の恵みをともに受ける者となるためなのです」。

福音の恵みをより豊かに体験する方法は、何をなすにも福音のためにすることです。恵みの喜びは、恵みを伝えるたびに増幅します。十字架は飾りではありません。救いの恵みを思い起こすためにあります。思い起こせば、周りの人々に福音の説明や説得ではなく、恵みを施したくなります。
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