2018年06月21日

詩篇119篇34節

「私に悟りを与えてください。私はあなたのみおしえを守り、心を尽くしてそれを守ります」。

悟りは恵みです。主の教えに従おうという信仰のある人なら、求めれば与えられます。そして、悟りを得たら、主に従うことが喜びになります。しかし、人間には「悟りえないこと」(ヨブ42:3)もあります。それを弁えることも、また悟りです。主の栄光を現すための悟りは、聖書の中に必ず見出せます。
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2018年06月20日

詩篇119篇25節

「私のたましいは、ちりに打ち伏しています。あなたのみことばのとおりに私を生かしてください」。


くずおれた心で主の前にひれ伏すことが、希望の始まりです。打ち伏した瞬間から、喜びが芽生えています。主の憐れみが臨み、主の霊が堅く支え始めます。私たちがそのときどう感じようが、それが主の創り出される現実です。私たちのなすべきことは、その現実を信じ、主を喜ぶことです。
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2018年06月19日

詩篇119篇18節

「私の目を開いてください。私が、あなたのみおしえのうちにある奇しいことに目を留めるようにしてください」。

自分を取り巻く状況が一変することを願うより、まず自分の目が開かれることの方が重要です。罪に縛られたまま努力を重ねても、同じ失敗を繰り返すだけです。目が開かれれば、聖書にすでにある不思議な力と出会います。主があなたの「相談相手」(24節)になってくださいます。
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2018年06月18日

詩篇119篇1節

「幸いなことよ。全き道を行く人々、主のみおしえによって歩む人々」。

人は本音で生きなければ疲れます。「古い人」の本音は肉の欲であり、「新しい人」の本音は主の教えです。私たちがまだ「古い人」だった時は、主の教えに従おうとすれば疲れました。しかし、「新しい人」になった今は逆です。主の教えに従うことが喜び、従わなければ心身共に疲れます。そのように変えられたのです。
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2018年06月16日

Iコリント12章7節

「しかし、みなの益となるために、おのおのに御霊の現われが与えられているのです」。

私たちはみな、祈り、癒し、知識、洞察力、教える、仕えるなど、御霊の賜物が与えられています。自分には何もないと思い込んだり、用いないまま持ち腐れにしたりするなら、主を悲しませます。人にはできないことではなく、誰にでもできることから始めればいいのです。用いれば用いるほどに増やされます。
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