2018年08月08日

Iコリント15章22節

「すなわち、アダムにあってすべての人が死んでいるように、キリストによってすべての人が生かされるからです」。

アダム以来、人はいのちの源である神から切り離された状態、つまり死の状態で生まれます。それが霊的死です。しかし、キリストを信じた者は神とのつながりを回復します。それが永遠のいのちです。そのつながりを切り離せるものは、何一つありません。それがキリストにある平安です。
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2018年08月07日

Iコリント15章10節ab

「神の恵みによって、私は今の私になりました. そして、私に対するこの神の恵みは、むだにはならず、私はほかのすべての使徒たちよりも多く働きました」。Iコリント15章10節ab

以前は教会を迫害していたパウロが、神の恵みで福音伝道者に変えられ、「今の私」になりました。恵みを無駄にしなければ、私たちも「今の私になりました」と言える日が来ます。愚痴らず、恵みへの喜びと感謝で働くなら、その日が早まります。
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2018年08月06日

Iコリント15章6節

「その後、キリストは五百人以上の兄弟たちに同時に現れました。その中の大多数の者は今なお生き残っていますが、すでに眠った者もいくらかいます」。

主の復活は歴史的事実です。復活後、地上におられた40日間に、多くの人々が間近でその姿を見、声を聞きました。主が創造主なら、復活は不可能なことではありません。復活信仰が明確であってこそ、祈りや御言葉や賛美から力が生まれるのです。
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2018年08月04日

詩篇132篇4、5節

「私の目に眠りを与えません。私のまぶたにまどろみをも。私が主のために、一つの場所を見いだし、ヤコブの全能者のために、御住まいを見いだすまでは」。

ダビデは主の神殿を建てることを、何よりの願いとしていました。その願いは息子の代に成就します。私たちも、健康が許すなら、寝食を忘れて主の働きに没頭することがあっていいのではありませんか。主は熱い思いに応えてくださいます。
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2018年08月03日

詩篇131篇1節

「主よ。私の心は誇らず、私の目は高ぶりません。及びもつかない大きなことや、奇しいことに、私は深入りしません」。

高慢な人は大言壮語したり、無謀なプロジェクトに関わったり、思いつきで事を始めたりします。しかし、謙虚な人は、主の計画かどうか見極め、慎重に参加し、自分の分に応じた活動をします。その結果、主の力によって、自分の能力を越えた働きを成し遂げてしまうのです。
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