2018年09月29日

詩篇147篇3節

「主は心の打ち砕かれた者を癒し、彼らの傷を包む」。

「石の心」が打ち砕かれ、柔らかな「肉の心」になれば、主の癒しの力が私たちの傷を覆います。自己正当化や責任転嫁をして、人を赦さないでいるなら、傷は深まるばかりです。自分中心になっていませんか。人に対し批判的になっていませんか。人に寛容であろうと願うなら、心は柔らかくなっていくのです。主は柔らかな心を喜ばれます。
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2018年09月28日

詩篇146篇7b、8a節

「主は捕われ人を解放される。主は盲人の目を開け、主はかがんでいる者を起こされる」。

妬み、憎しみ、恐れ、臆病、病気、失敗・・・人は何かに捕らわれています。それが人格の成長を妨げ、未来の可能性を塞いでいます。キリストはそんな「捕らわれ人」を解放し、真っ直ぐに立たせ、「安心して行きなさい」(ルカ7:50)と励ましてくださいます。私たちは今や、前に進もうと思えば進めるのです。
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2018年09月27日

詩篇146篇3、4節

「君主たちに頼ってはならない。救いのない人間の子に。その息が絶えると、その者は己の土に帰り、その日のうちに彼のもろもろの計画は滅びうせる」。

人を信じたいとは思います。でも、人の心はもろく、移ろいやすく、忘れっぽいのです。人を神のように信頼することはできません。このことを弁えていなければ、裏切られたときに恨みを残します。主だけに信頼するなら、人に憐れみを示せます。
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2018年09月26日

詩篇145篇18、19節

「主を呼び求める者すべて、まことをもって主を呼び求める者すべてに主は近くあられる。また主を恐れる者の願いをかなえ、彼らの叫びを聞いて、救われる」。

窮地にあるのに助けを求めないのは、高慢です。テレビの電波はスイッチを入れる前から届いているように、主は私たちが呼び求める前から近くにおられます。私たちが願い求めるなら、即座に答えるように待機しておられるのです。
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2018年09月25日

詩篇144篇5節

「主よ。あなたの天を押し曲げて降りて来てください。山々に触れて、煙を出させてください」。

主よ、時空の壁を突き破って、天から降りてきてください。全世界に御声をとどろかせ、人間の不義の拡声器を黙らせてください。あなたのご臨在で圧倒し、義と愛を全地にいき渡らせてください。あなたが全地の主であることを思い知らせてください。このダビデの思いを受け継ぐ祈りが、今、最も必要です。
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