2018年11月17日

第二コリント8章14節

「今あなたがたの余裕が彼らの欠乏を補うなら、彼らの余裕もまた、あなたがたの欠乏を補うことになるのです。こうして平等になるのです」。

人の欠乏を満たすことが、私たち自身を豊かにします。そして、さらに施す余裕が生まれます。こうして人を祝福することが、互いをますます豊かにするのです。それが「神の国」の経済の仕組みです。その通りになるか、実際に試してみる価値があります。
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2018年11月16日

第二コリント8章11節

「ですから、今、それをし遂げなさい。喜んでしようと思ったのですから、持っている物で、それをし遂げることができるはずです」。

私たちは祝福の源として、主に呼び出された者です。ですから、喜んで祝福したいと思っていることがあるはずです。今日、それを行動に移してみませんか。手にあるものがわずかでも、主の御手に渡すなら、主が道を開き、思わぬことを成し遂げてくださいます。
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2018年11月15日

第二コリント8章9節

「あなたがたは、私たちの主イエス・キリストの恵みを知っています。すなわち、主は富んでおられたのに、あなたがたのために貧しくなられました。それは、あなたがたがキリストの貧しさによって富む者となるためです」。

恵みは受け取る側には無償ですが、施す側はその分、犠牲を払っています。払われた犠牲分の恵みを、余すところなく受け取っていますか。キリストが貧しくなられた分です。
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2018年11月14日

第二コリント8章2節

「苦しみゆえの激しい試練の中にあっても、彼らの満ちあふれる喜びは、その極度の貧しさにもかかわらず、あふれ出て、惜しみなく施す富となったのです」。

試練の中で喜びを体験したことがありますか。乏しさにある豊かさをご存知ですか。骨を折った人が、大地をノックする松葉杖の力強い音で人を励ます、という話を聞きました。信仰の世界では、不自由な者が人を励まし、乏しい者が施すのです。
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2018年11月13日

第二コリント7章10節

「神の御心に添った悲しみは、悔いのない、救いに至る悔い改めを生じさせますが、世の悲しみは死をもたらします」。

クリスチャンにも悲しみがあります。しかし、主を知らないかのように、絶望的な悲しみ方はしません。感情的に「絶望だ」と泣き叫んでも、心のどこかに希望を潜ませています。クリスチャンは悲しみの中に、余裕を残しているのです。その余裕で、悲しみをありのまま主に告げます。
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