2018年11月07日

イザヤ7章14節

「それゆえ、主みずから、あなたがたに一つのしるしを与えられる。見よ。処女がみごもっている。そして男の子を産み、その名を『インマヌエル』と名づける」。

聖書はインマヌエル(神がともにおられる)の歴史です。そして、私たちの人生です。主の臨在は見えまいが、感じられまいが、信仰者には現実です。主の方は私たちを見ておられます。朝日を仰ぐときも、雨に濡れるときも、それを感じます。
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2018年11月06日

イザヤ7章7節

「そのことは起こらないし、ありえない」。

主は、アハズ王の心配している事は起こらないと告げられました。私たちの心配事の9割は、現実には起こらないそうです。なのに必ず起こるかのように勝手に思い込み、悩み、眠れなくなるのです。恐れや不安は、ありえない事を想像させ、とんでもない行動に走らせます。自分で心配事を現実にしてしまうのです。主に立ち返って静かにすれば、救われます。
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2018年11月05日

イザヤ7章4節

「気をつけて、静かにしていなさい。恐れてはなりません」。

ユダの王アハズは、アラムとエフライムが攻めてくると聞き、風に揺らぐ木のように動揺しました。そのときイザヤは、静まって主の声を聞け、と勧告します。気が動転したままでは、判断を誤ります。闇の中で右往左往するだけです。世の声、人の声に耳を傾けたくもなります。しかし、落ち着いて主を信頼すれば、視界が開けてきます。
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2018年11月03日

第二コリント7章1節

「愛する者たち。私たちはこのような約束を与えられているのですから、いっさいの霊肉の汚れから自分をきよめ、神を恐れかしこんで聖きを全うしようではありませんか」。

私たちは主の血潮によって、すでに心も体も聖くされているのです。しかし、聖くされていることと、実際に聖さを全うして生きることとは別です。聖さを全うするためには、まず聖さを楽しむことから始めればいいのです。
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2018年11月02日

第二コリント6章14節

「あなたがたは、信仰のない人々と一緒に不釣り合いな軛(クビキ)につながれてはなりません。正義と不法とにどんな関わりがありますか。光と闇とに何のつながりがありますか」。

信仰のない人をこそ愛すべきです。しかし、最も大切ないのちのつながりはありません。一緒にいても、光と闇という別の世界に属しています。それゆえ、愛しても、不義や虚無の世界に引きずられてはなりません。
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