2018年12月13日

第2コリント12章9節

「しかし、主は、『わたしの恵みは、あなたに十分である。というのは、わたしの力は、弱さのうちに完全に現れるからである』と言われたのです。ですから、私は、キリストの力が私を覆うために、むしろ大いに喜んで私の弱さを誇りましょう」

自分の弱さと向かい合い、格闘することは大切です。弱い部分こそ、主の恵みが湧き出る泉だからです。主が私たちに弱点を備えられたのは、そのためです。
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2018年12月12日

第2コリント12章7節

「私は、高ぶることのないようにと、肉体に一つのとげを与えられました。それは私が高ぶることのないように、私を打つための、サタンの使いです」。

自分の弱点を認めない人は高慢か臆病です。認める人は謙遜で強靭な人です。その人は自分の弱点を高ぶりの制御装置として、また同時に神の恵みと力を受ける器として用います。自分の弱点を認めることが、その人の器の大きさとなります。
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2018年12月11日

第2コリント11章14節

「しかし、驚くには及びません。サタンさえ光の御使いに変装するのです」。

地獄への道は多くの善意で舗装されている、といいます。サタンは人間の罪の性質を美しく肯定的に表現します。人間視点の正義感や同情心をうまく利用して、破壊的な結末に導くのが得意です。それゆえ、サタンの戦略や戦術を心得ておくことも大切です。それを見抜く洞察力は、地道に聖書を学び、祈ることで養われます。
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2018年12月10日

第二コリント10章17、18節

「誇る者は、主を誇りなさい。自分で自分を推薦する人でなく、主に推薦される人こそ、受け入れられる人です」。

話す言葉の端々に、自慢や自己推薦を挟み込む人は敬遠されます。何か誇れることがあったとしても、忘れたほうがいいのです。忘れた頃に、主があなたを推薦してくださるでしょう。私たちの生き方は、何を誇りとするかで決まります。私たちが誇るべきは、主から受けた愛と恵みです。
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2018年12月08日

イザヤ22章4、5節a

「『私から目をそらしてくれ、私は激しく泣きたいのだ。私の民、この娘の破滅のことで、無理に私を慰めてくれるな。』なぜなら、恐慌と蹂躙と混乱の日は、万軍の神、主から来るからだ」。

誰もこんな叫びはしたくありません。なのに、「まだ大丈夫だ。私はいずれ悔い改める。それまで主は寛大に見過ごしてくださる」と、甘く考えていませんか。今日の悔い改めが、未来の私たちを救います。
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