2019年01月31日

ガラテヤ3章13節

「キリストは、私たちのために呪われた者となって、私たちを律法の呪いから贖い出してくださいました」。

罪人は、主の教えを完全には行えない呪われた者です。キリストはその呪いを背負って十字架に架かり、信仰による義の道を開かれました。だからこそ私たちは、信仰によって主の教えに従うことを喜びとするのです。不完全な行いでも呪われることはなく、かえって人々の祝福となるからです。
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2019年01月30日

ガラテヤ3章7節

「ですから、信仰による人々こそアブラハムの子孫だと知りなさい」。

主は「アブラハムの子孫」を豊かに祝福されます。彼らを通して諸国民を祝福するためです。私たちもキリストによって神とつながり、「信仰によるアブラハムの子孫」になりました。それは神から来るすべての良きものを人々と分かち合い、一緒に喜ぶためです。祝福は独り占めにすれば尽きます。分かち合えば増え広がります。
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2019年01月29日

ガラテヤ3章3節

「あなたがたはどこまで道理がわからないのですか。御霊で始まったあなたがたが、いま肉によって完成されるというのですか」。

私たちの信仰は、私たちが始めたのではありません。聖霊が始めてくださったのです。愛も希望もそうです。そして、それを育て、完成させてくださるのも聖霊です。内住される聖霊にもっと信頼しませんか。聖霊の流れに沿った暮らしが楽しめるようになります。
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2019年01月28日

ガラテヤ2章21節

「私は神の恵みを無にはしません。もし義が律法によって得られるとしたら、それこそキリストの死は無意味です」。

自分の行いの良し悪しで、救いの確信が強まったり揺らいだりしているなら、神の恵みを無にしているのです。私たちの心の状態で、罪の赦しが決まるのではありません。キリストの死が、私たちの永遠のいのちの保証です。そして、聖霊がこの恵みと平安を味わわせてくださいます。
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2019年01月26日

イザヤ32章4節

「気短な者の心も知識を悟り、もつれた舌も、はっきりと早口で語ることができる」。

短気なために、いくたび事を台無しにしたか。心に思うことをはっきりと語れないために、どんなにもどかしい思いをしたことか。しかし、主は人を造り変え、新しい性格と能力を与えてくださいます。あきらめないで主に期待することです。主を信じる者には、無理だと思っていたこともできるようになるのです。
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