2019年02月14日

ガラテヤ4章8、9節

「しかし、神を知らなかった当時、あなたがたは本来は神でない神々の奴隷でした。ところが、今では神を知っているのに、いや、むしろ神に知られているのに、どうしてあの無力、無価値の幼稚な教えに逆戻りして、再び新たにその奴隷になろうとするのですか」

世の教えは賢そうでも、究極的には幼稚で虚無です。神の豊かさを十分には味わえば、世の教えに戻ろうとは思わなくなります。
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2019年02月13日

ガラテヤ4章6節

「あなたがたは子であるゆえに、神は『アバ、父』と呼ぶ、御子の御霊を、私たちの心に遣わしてくださいました」

神の子どもたちは、御子と同じように、神を「お父さん」と呼ぶことができます。「放蕩息子」のたとえのように、父は、子のできの良し悪しよりも、父の懐に飛び込んでくる子がかわいいのです。子として父の愛をそのまま信じることができれば、もっと神の国の祝福を体験できます。
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2019年02月12日

ガラテヤ3章27節

「バプテスマを受けてキリストにつく者とされたあなたがたはみな、キリストをその身に着たのです」

「晴れ着」を着れば気持ちが晴れやかになり、「正装」すれば心が引き締まって、紳士淑女のように振舞います。キリストを着た自分を想像してみてください。聖い心で、キリストのように振舞います。今日一日、キリストを着ていることを意識して過ごしませんか。何かが確実に変わります。
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2019年02月11日

ガラテヤ3章26節

「あなたがたはみな、キリスト・イエスに対する信仰によって、神の子供です」。

今までどのような人生を歩んできたとしても、キリストを信じた者はみな「神の子供」
です。へりくだりさえすれば、私たちは何にでもなれます。主が私たちを、愛の人、
誠実な人、柔和な人、自制の人に造り変えてくださいます。それは、ただただ謙虚に
なって、自分を主に差し出せるかどうかにかかっています。
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2019年02月09日

イザヤ38章3節

「ああ、主よ。どうか思い出してください。私が、まことを尽くし、全き心をもっ
て、あなたのみ前に歩み、あなたがよいと見られることを行ってきたことを」。


ユダの王ヒゼキヤは、アッシリア軍に包囲されても屈せず、主に信頼して勝利を得まし
た。でも死の病に瀕したとき、このように嘆願したのです。主は、ヒゼキヤの行いで
はなく「涙」を見て(5節)、彼の願いを聞き入れてくださいました。
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