2019年02月08日

イザヤ35章10節

「主に贖われた者たちは帰ってくる。彼らは喜び歌いながらシオンにはいり、その頭
にはとこしえの喜びをいただく。楽しみと喜びがついて来、嘆きと悲しみは逃げ去
る」。


主に立ち返り、懲らしめの時が過ぎると、喜びの回復の時が来ます。罪赦され
るために、自分で何かをしなければ喜べないというのは高慢です。主の恵みをそのま
ま受け入れるというへりくだりが、まことの喜びをもたらすのです。
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2019年02月07日

イザヤ35章3、4節

「弱った手を強め、よろめくひざをしっかりさせよ。心騒ぐ者たちに言え。『強くあ
れ、恐れるな。見よ、あなたがたの神を。復讐が、神の報いが来る。神は来て、あな
たがたを救われる』」。


「強くあれ、恐れるな」と、聖書は繰り返し語ります。よろ
めいても、不安や闇に心を支配させてはなりません。主が味方となってくださるので
す。どんなときもまず腰を下ろして、主と向かい合いましょう。
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2019年02月06日

イザヤ35章1、2

「荒野と砂漠は楽しみ、荒地は喜び、サフランのように花を咲かせる。盛んに花を咲かせ、喜び喜んで歌う」。

荒野も神のキャンバスとなります。何もない荒地も花咲く野に変貌します。私たちがへりくだりさえすれば、私たちの人生も神の創作のキャンバスとなります。今までの人生が一度白く塗り潰され、神の願われるままに描き直されてもいいと思って、自分を差し出せるなら、そうなります。
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2019年02月05日

イザヤ33・15、16

「正義を行う者、まっすぐに語る者、強奪による利得を退ける者、手を振ってわいろを取らない者、耳を閉じて血なまぐさいことを聞かない者、目を閉じて悪いことを見ない者、このような人は、高い所に住み、その砦は岩の上の要害である。彼のパンは与えられ、その水は確保される」。

この世と同じ土俵に立ってはなりません。高い岩の上に立ち、主の視点で見渡して、物事を判断しましょう。
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2019年02月04日

イザヤ32章15節

「しかし、ついには、上から霊が私たちに注がれ、荒野が果樹園となり、果樹園が森とみなされるようになる」。

聖霊が私たちの間で特別な恵みを注がれる日が来ます。そのとき荒野のようだったところに、命の回復が始まります。干からびた心が生き返り、すさんだ関係に潤いが戻ります。忍耐し待ち続けたことが、報われる日です。主の恵みを信じてあきらめなかった者のみが味わう喜びの日です。
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