2019年04月30日

イザヤ53章4、5節

「まことに、彼は私たちの病を負い、私たちの痛みをになった。だが、私たちは思った。彼は罰せられ、神に打たれ、苦しめられたのだと。しかし、彼は、私たちの背きの罪のために刺し通され、私たちの咎のために砕かれた。彼への懲らしめが私たちに平安をもたらし、彼の打ち傷によって、私たちは癒された」。

主が私たちの身代わりとなって、どんなに苦しまれたかを知り、その恵みを無にするな、ということです。
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2019年04月29日

イザヤ52章12節

「あなたがたは、あわてて出なくてもよい。逃げるようにして去らなくてもよい。主があなたがたの前に進み、イスラエルの神が、あなたがたのしんがりとなられるからだ」。

ならば、主と主の狭間に確固として立ち、周囲を冷静に見渡せばいいのです。主が安全を確保しておられます。動揺が収まり、落ち着いて対処できます。逃げるにしても、いつどこに逃ればいいのか、はっきりと見えてきます。
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2019年04月27日

エペソ4章2、3節

「謙遜と柔和の限りを尽くし、寛容を示し、愛をもって互いに忍び合い、平和のきずなで結ばれて御霊の一致を熱心に保ちなさい」。

聖霊に導かれる人は、謙遜、柔和、寛容です。自分に誇れるものは何もないと知っているからです。そんな者同士であれば一致が保てます。私たちはなぜ人に対し批判的になるのでしょうか。高慢だからです。自分を聖霊の光に照らせば、へりくだらざるを得なくなります。
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2019年04月26日

エペソ3章19b節

「こうして、神ご自身の満ち満ちたさまにまで、あなたがたが満たされますように」。

神は祝福で、私たちを満たすことを願っておられます。それゆえ「あなたの口を大きくあけよ。わたしがそれを満たそう」(詩81:10)と言われます。神の祝福で満杯になれば、周囲にこぼれ流れ出ます。そうなって初めて、神の豊かさを知ったといえます。それほどに満たされた人が、この国にはたくさん必要です。
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2019年04月25日

エペソ3章17b〜19a節

「また、愛に根ざし、愛に基礎を置いているあなたがたが、すべての聖徒とともに、その広さ、長さ、高さ、深さがどれほどであるかを理解する力を持つようになり、人知をはるかに越えたキリストの愛を知ることができますように」。

私たちは、キリストの愛の崇高さをどれほど理解しているのでしょう。もし深く理解していれば、してはならないことは絶対にせず、絶対にするべきことをするはずです。
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