2019年07月24日

エレミヤ10章19節b

「まことに、これこそ私が、負わなければならない病だ」。

ユダの国が主に逆らい、裁きを受けて滅びます。エレミヤもその悲劇に巻き込まれます。自分のせいではないのに、背負わされる悲劇は、まさに病です。自分の力ではどうにもできません。しかし、エレミヤはその病を背負いながら、屈することなく、悔い改めと希望のメッセージを語ります。それが自分の使命だと悟れたら、耐えられます。
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2019年07月23日

エレミヤ9章23、24節a

「知恵ある者は自分の知恵を誇るな。つわものは自分の強さを誇るな。富む者は自分の富を誇るな。誇る者は、ただ、これを誇れ。悟りを得て、わたしを知っていることを」。学歴も知識も体力も役に立たない時代が迫っています。そんな時代こそ、自分の創造主を知っていることが、人間の唯一の価値となります。岩の上に人生を建て上げたか、砂の上に建ててしまったかが、はっきりする日が来ます。
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2019年07月19日

ピリピ2章13節

「神は、みこころのままに、あなたがたのうちに働いて志を立てさせ、事を行わせてくださるのです」。

神は、私たちの心を白くしてくださるだけでなく、心に志を立てくださいます。白いだけで志が描かれていなければ、心は躍動しません。主の役に立ち、人の益になることをいつも考えていましょう。やがて、神があなたに望んでおられることが鮮やかに心に浮かび上がり、行動したくなってきます。
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2019年07月18日

ピリピ2章7b、8節

「キリストは人としての性質をもって現われ、自分を卑しくし、死にまで従い、実に十字架の死にまでも従われたのです」。

そんなキリストが一緒に歩んでくださるのですから、私たちもたいていの苦難や屈辱には耐えられるはずなのです。主がその忍耐力を与え、場合によっては脱出の道も備えてくださいます。要は、主に人生の主導権を渡すことです。つまり、主と同じようにへりくだることです。
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2019年07月17日

ピリピ2章6、7節a

「キリストは、神の御姿であられる方なのに、神のあり方を捨てることができないとは考えないで、ご自分を無にして、仕える者の姿をとり、人間と同じようになられたのです」。

神の子が神のあり方を捨て、ご自分を無にされたのです。その恵みを受けた私たちが、自分の考え方や流儀にこだわらず、自分を無にしてキリストに仕えるのは、当然のことです。それが神を知り、祝福を受ける道です。
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