2019年11月25日

エゼキエル19章10、12節

「あなたの母は、まさしく、水のほとりに植えられたぶどうの木のようだった。水が豊かなために実りが良く、枝も茂った。・・・しかし、それは憤りのうちに引き抜かれ、地に投げ捨てられ、東風はその実を枯らし、その強い枝も折られて枯れ、火に焼き尽くされた」。

これがユダ王国の末路です。しかし、それでも主の愛は不変です。主にとどまり続けるなら、憐れみを受け、祝福を回復します。
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2019年11月23日

1テサロニケ5章15節

「だれも悪をもって悪に報いないように気をつけ、お互いの間で、またすべての人に対して、いつも善を行うよう務めなさい」。

主の十字架には、呪いを祝福に、憎しみを愛に、絶望を希望に変える力があります。腹が立っても、十字架を思い浮かべて90秒待てば、激情も冷めていき、悪に善で報いようという気持ちが湧いてきます。怒りに身を任せず、善で報いてよかったと思う日が、必ず来ます。
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2019年11月22日

1テサロニケ5章14節

「兄弟たち。あなたがたに勧告します。気ままな者を戒め、小心な者を励まし、弱い者を助け、すべての人に対して寛容でありなさい」。

気ままな人を甘やかすのは、真の愛ではありません。真の愛はタフなのです。弱い人を助けても、あなたに依存させてしまうなら、その愛は弱いのです。その人が自分の信仰で堅く立てるように、忍耐強く導くのはタフ(骨が折れる)でも、タフ(強靭)な愛です。
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2019年11月21日

1テサロニケ5章12、13節

「兄弟たちよ。あなたがたにお願いします。あなたがたの間で労苦し、主にあってあなたがたを指導し、訓戒している人々を認めなさい。その務めのゆえに、愛をもって深い尊敬を払いなさい。お互いの間に平和を保ちなさい」。

指導者の立場を理解し、その心に秘めた苦しみや孤独感を想像して、敬意をもって接しましょう。責めるよりも愚痴るよりも励ますことが、グループ全体の益になります。
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2019年11月20日

1テサロニケ5章6節

「ですから、ほかの人々のように眠っていないで、目を覚まして、慎み深くしていましょう」。

霊が眠っている人は、どんなに真理を聞き、どんなに主のざわを見ても,素通りさせてしまいます。一方、目覚めている人は、霊的洞察力を研ぎ澄まし、霊の働きに鋭く反応し、何をなすべきかを正しく判断します。目覚めているためには、毎日の御言葉の朗読と祈り、毎週の礼拝を誠実に反復することです。
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