2019年11月13日

エゼキエル14章6節

「悔い改めよ。偶像を捨て去り、すべての忌みきらうべきものをあなたがたの前から遠ざけよ」。

私たちの生活や心の中に「偶像」や「主が嫌われるもの」がないか、吟味してみましょう。それは私たちの魂を縛っています。辛く痛くとも、それを断ち切るなら、真の平安が訪れます。思考と行動が自由になります。人間関係も楽になります。閉ざされていた恵みの世界が、次第に開かれていきます。
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2019年11月11日

エゼキエル11章19節

「わたしは彼らに一つの心を与える。すなわち、わたしはあなたがたのうちに新しい霊を与える。わたしは彼らのからだから石の心を取り除き、彼らに肉の心を与える」。

これは「新しい契約」による「新しい霊」の約束です。そのとおり、私たちの体から冷たい「石の心」が取り除かれました。そして今は、血の通った「肉の心」が授けられています。キリストの命が私たちの内に躍動しているのです。
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2019年11月09日

1テサロニケ4章16b-17節a

「それからキリストにある死者がまず初めによみがえり、次に、生き残っている私たちが、たちまち彼らといっしょに雲の中に一挙に引き上げられ、空中で主と会うのです」。

空中で主と会う日、永遠のいのちの喜びに圧倒されることでしょう。しかも個人の喜びではありません。時代と民族を越えて、主に集められた無数の人々の喜びです。その喜びを先取りすれば、今日を生きる力と慰めになります。
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2019年11月08日

1テサロニケ4章16節a

「主は、号令と御使いのかしらの声と、神のラッパの響きのうちに、ご自身天から下って来られます」。

その日は、主を信じる者には喜びの日、主を拒絶した者には悲しみの日です。しかし、左足は神の国に、右足はこの世につながれていたとしたら、どんな日になるのでしょうか。私たちは世に住んでいても、どっちつかずの生き方はしません。ちゃんと両足そろえて、神の国の側に立っているのです。
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2019年11月07日

1テサロニケ4章7節

「神が私たちを召されたのは、汚れを行なわせるためではなく、聖潔を得させるためです」。

十字架の贖いは、罪を赦すためであって、罪を許可するためではありません。純白の布も、ひとたびついた小さな汚(よご)れを放置すると、やがて全体が薄汚れていきます。汚れに鈍感になるからです。罪は犯してしまうたびに、主に告白して始末しましょう。汚れではなく、聖潔を生活の土台にするのです。
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