2019年11月06日

1テサロニケ4章3節a

「神のみこころは、あなたがたが聖くなることです」。

聖とは、主とつながっていることです。主とつながるなら、聖霊が内住され、自ずから罪の行いから切り離されていきます。確かに、罪の誘惑との戦いは生涯続きますが、勝利は約束されているのです。ただ、戦わなければ勝ち取れません。敗北することがあっても、主とつながっているなら、勝利の約束は変わりません。聖さも奪われません。
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2019年11月05日

1テサロニケ3章13節

「また、あなたがたの心を強め、私たちの主イエスがご自分のすべての聖徒とともに再び来られるとき、私たちの父なる神の御前で、聖く、責められるところのない者としてくださいますように」。

主の再臨の日、年齢に関係なく、地上の生活は終わります。その日は近いのです。つまらぬ誇りや意地は捨て、今日なすべき最も大切な事に心を尽くしましょう。私たちは神の御前で聖とされるのですから。
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2019年11月04日

1テサロニケ3章8節

あなたがたが主にあって堅く立っていてくれるなら、私たちは今、生きがいがあります」。

私たちがキリストに堅く立ち続けることは、私たちに福音を伝えてくれた人の生きがいになるのです。それが恩返しです。神の国の祝福を受け継ぎ、受け継がせることは、クリスチャンの生きがいです。心に留めましょう。実にキリスト御自身は、私たちを滅びから救い出すことを「死にがい」にされました。
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2019年11月02日

エゼキエル7章25、26節

「苦悩がやって来る。彼らは平和を求めるが、それはない。災難の上に災難が来、うわさがうわさを生み、彼らは預言者に幻を求めるようになる。祭司は律法を失い、長老はさとしを失う」。

しばらく、主に逆らうイスラエルへの裁きの予告が続きます。もう遅いのです。滅亡は不可避になりました。これは私たちへの警告です。そうなるとわかっているなら、今、主に立ち返って生き方を変えるのです。
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2019年11月01日

エゼキエル6章14節

「わたしが・・・するとき、彼らは、わたしが主であることを知ろう」。

エゼキエル書には、この形式の表現が50回以上出てきます。その使われ方は二つです。一つは、主が罪の裁きと懲らしめをもたらされるときです。もう一つは、主が救いと回復をもたらされるときです。懲らしめを受けて痛み苦しむときも、憐れみを受けて喜び踊るときも、主の義と愛を忘れず、主をほめたたえるべきなのです。
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