2020年05月30日

ゼパニヤ3章9節

「そのとき、わたしは、国々の民のくちびるを変えてきよくする。彼らはみな主の御名によって祈り、一つになって主に仕える」。

その日は、神の国の喜びにあふれる日です。しかし、その前に、全地は主の火によって焼き尽くされます。「主の日」を待ち望むとは、主の厳しい裁きを通ることでもあります。それは、きよめの日々です。不純なものはすべて消し去られ、聖なるものだけが残ります。
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2020年05月29日

ゼパニヤ2章2c、3節

「主の怒りの日が、まだあなたがたを襲わないうちに。主の定めを行うこの国のすべてのへりくだる者よ。主を尋ね求めよ。義を求めよ。柔和を求めよ。そうすれば、主の怒りの日にかくまわれるかもしれない」。

主の前に、遅すぎるということはありません。誘惑や怒りに駆られ、罪との境界線に立っているなら、今すぐ義の側に踵を返しましょう。主が喜んであなたを迎え、立て直してくださいます。
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2020年05月28日

ハバクク3章18節

「しかし、私は主にあって喜び勇み、私の救いの神にあって喜ぼう。私の主、神は、私の力。私の足を雌鹿のようにし、私に高い所を歩ませる」。

苦難の日々も、主によって喜び勇むことが、元気と力を回復させます。信仰とは、心だけの活動ではありません。心と体が一つになって躍動することです。心が主を喜べば体も軽くなり、今まであきらめていたことも、できるという信仰が湧いてきます。
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2020年05月27日

ハバクク2章4節

「見よ。彼の心はうぬぼれていて、真っ直ぐでない。しかし、正しい人はその信仰によって生きる」。

自分の考えや判断が正しいと思い、人を批判したくなるときは、一旦立ち止まって、自分の心にも歪みはないか省みましょう。人間は気づかぬうちに高慢になるからです。自惚れると墓穴を掘ります。真に正しい人は謙遜です。謙遜が人の心を真っ直ぐにします。謙遜が正しさへの道標になります。
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2020年05月26日

ナホム1章13節

「今、わたしは彼のくびきをあなたから外して打ち砕き、あなたを縄目から解き放す」。

私たちは罪の束縛から解放されました。なのになぜ、まだ罪の奴隷のように歩むのですか。なぜ誘惑に身を委ねるのですか。なぜ、いつまでも心傷ついたまま沈んでいるのですか。なぜ人の評価を恐れるのですか。私たちは聖霊の支配を受け、自由になったのです。改めてその事実を信じることから始めましょう。
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