2020年06月06日

ヘブル5章13、14節

「まだ乳ばかり飲んでいるような者はみな、義の教えに通じてはいません。幼子なのです。しかし、堅い食物はおとなの物であって、経験によって良い物と悪い物とを見分ける感覚を訓練された人たちの物です」。

神の愛と義は表裏一体です。慈愛と柔和だけではなく、義の剛堅さも必要です。Love is tough(愛は強靭)です。愛して情に流されず、神の義に立って人を裁かないのが、大人の信仰です。
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2020年06月05日

ヘブル4章16節

「ですから、私たちは、憐れみを受け、また恵みをいただいて、おりにかなった助けを受けるために、大胆に恵みの御座に近づこうではありませんか」。

繰り返す小さな罪も、大きな挫折も、すべてキリストの憐れみの中に入れられます。犯した罪の重さに打ちのめされても、ユダのように恵みの御座に近づく機会を放棄してはなりません。ペテロのように、泣きながらも主の側から離れないことです。
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2020年06月04日

ヘブル4章15節

「私たちの大祭司は、私たちの弱さに同情できない方ではありません。罪は犯されませんでしたが、すべての点で、私たちと同じように、試みに会われたのです」。

私たちは、自分の弱さを理解してほしいと願います。しかし、完全な理解者はキリスト以外にはおられません。だから、この方と親密になることが大切なのです。人に理解されずとも、言い訳などせずとも、平安を保てるようになります。
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2020年06月03日

ヘブル4章13節

「造られたもので、神の前で隠れおおせるものは何一つなく、神の目には、すべてが裸であり、さらけ出されています。私たちはこの神に対して弁明をするのです」。

神の前では俎板の鯉です。弁解しても無意味です。しかし、大祭司イエスがとりなしてくださるので(14)、私たちは潔く自分をさらけ出すことができます。そうして神の前に隠し事がなくなれば、人に対しても堂々としていられます。
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2020年06月02日

ヘブル4章12節

「神のことばは生きていて、力があり、両刃の剣よりも鋭く、たましいと霊、関節と骨髄の分かれ目さえも刺し通し、心のいろいろな考えやはかりごとを判別することができます」。

神の言葉は、人体内部を映すMRIのように、心の状態を鮮明に映し出します。隠れた罪の動機や歪んだ感情にも切り込みます。病巣をえぐり出し、傷を癒し、心に灯をともします。悩むより、御言葉に委ねるのが一番です。
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