2018年07月12日

Iコリント13章9-10節

「というのは、私たちが知るのは一部分、預言するのも一部分であり、完全なものが現れたら、部分的なものはすたれるのです。私は、幼子であったときには、幼子として話し、幼子として思い、幼子として考えましたが、大人になったとき、幼子のことはやめました」。

人間の知識や能力は不完全で未完で、しかも完成されません。それを弁えて、謙遜に思考するのが大人です。完成されるのは主です。
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2018年07月11日

Iコリント13章8節

「愛は決して絶えることがありません。預言の賜物ならばすたれます。異言ならばやみます。知識ならばすたれます」。

愛に終わりはありません。報いられずとも愛するのが愛です。途中で終わった愛は、最初から愛ではなかったのです。多くの賜物を受けても年とともに衰え、どんなに知識を蓄えても死とともに消えます。ただ、賜物や知識を用いて愛を表すなら、その価値は愛とともに残ります。
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2018年07月10日

Iコリント13章7節

「(愛は)すべてをがまんし、すべてを信じ、すべてを期待し、すべてを耐え忍びます」。

私たちが何もかも投げ出したいと思うときでも、神は私たちを投げ出されません。私たちが自分に失望しても、神は私たちに失望せず、忍耐し、期待し続けられます。神はそのように私たちを愛し、生かして用いられます。私たちも、神に愛されたように互いに愛し合うなら、互いを建て上げ合うことができます。
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2018年07月09日

Iコリント13章5、6節

「(愛は)礼儀に反することをせず、自分の利益を求めず、怒らず、人のした悪を思わず、不正を喜ばずに真理を喜びます」。

愛は礼儀やルールを尊びます。人の立場や時間を大切にします。受けるより与えることを喜びます。感情に身を委ねず、いつまでも人の悪を覚えてはいません。自分の不利益になっても、神の義を優先させます。こうして愛はじんわりと、日常の暮らしに変革を起こしていきます。
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2018年07月07日

詩篇120篇1節

「苦しみのうちに、私が主に呼ばわると、主は私に答えられた」。

「平和を憎む者」(6)と久しく住み、「欺きの舌」(2)に苦しめられている「哀れな私」(5)。「私が平和を──と語りかければ彼らは戦いを求める」(7)のです。しかし、主は私たちの苦しみを知っておられます。主に向かって叫ぶのに、巧みな表現も、理屈も、文法も要りません。主が求めておられるのは、ただただ私たちの真実です。
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