2021年03月15日

黙示録2章16節

「だから、悔い改めなさい。もしそうしないなら、わたしは、すぐにあなたのところに行き、わたしの口の剣をもって彼らと戦おう」。

悔い改めないなら、主を敵に回すことになります。それは勝ち目のない戦いです。主は、「私の陣営で戦え」と呼びかけられます。悔い改めとは、主の陣営に戻ることです。そうすれば、私たちの戦いではなく主の戦いとなり、主の勝利は私たちの勝利となります。
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2021年03月13日

創世記41章51節

「ヨセフは長子をマナセと名づけた。『神が私のすべての労苦と私の父の全家とを忘れさせた』からである」。

ヨセフは13年に及ぶ苦難に耐え、エジプトの宰相の座に就きました。数々の理不尽に恨み言も愚痴も言わず、ただ黙々と主に信頼し続け、ついに忍耐が報われる日を迎えたのです。主が、悲しみも怒りも復讐心もすべて忘れさせてくださいました。耐え抜いた者だけが味わえる喜びです。
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2021年03月12日

創世記41章16節

「私ではありません。神がパロの繁栄を知らせてくださるのです」

人は悪事をなすと、「私ではない」と言いたがります。しかし、ヨセフは成功した時、「私ではない。神だ」と言いました。ハイドンは自分が作った曲の初演を聴き、涙にあふれて「これは私が書いたのではない」と言いました。「主の作品だ」という意味です。人に称賛されても高ぶらない謙虚な姿勢を、主は喜んでくださいます。
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2021年03月11日

創世記40章23節

「ところが献酌官長はヨセフのことを思い出さず、彼のことを忘れてしまった」。

獄中のヨセフが献酌官長に託した望みは、はかなく消えました。最初から、人に頼ることは空しいとわきまえておけば、過度に失望せず、また恨まずにすみます。しかし、献酌官長がヨセフを思い出す時が来ます。それは、神がヨセフを用いる最高の場面が整った時です。主に信頼する者は決して失望に終わりません。
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2021年03月10日

創世記39章23節bc

「それは主が彼とともにおられ、彼が何をしても、主がそれを成功させてくださったからである」。

インマヌエル(主が共におられる)の祝福は、アブラハム、イサク、ヤコブ、ヨセフ、そしてイスラエル民族へと受け継がれ、今日、キリストによって私たちにも及んでいます。目の前の現象に一喜一憂せず、突発的な事件にも軽率に動かず、インマヌエルの信仰に立てば、主がすべてを益とされます。
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