2019年01月11日

イザヤ29章16節

「ああ、あなたがたは、物を逆さに考えている。陶器師を粘土と同じにみなしてよかろうか。造られた者が、それを造った者に、『彼は私を造らなかった』と言い、陶器が陶器師に、『彼はわからずやだ』と言えようか」。

愚痴や不平が多いなら、主とあなたの主従関係が逆転しているからではありませんか。「私のための主」ではなく、「主のための私」という関係に戻せば、感謝と喜びが回復します。
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2019年01月10日

イザヤ29章13節

「この民は口先で近づき、唇でわたしをあがめるが、その心はわたしから遠く離れている。彼らがわたしを恐れるのは、人間の命令を教え込まれてのことにすぎない」。

主は、私たちの口の言葉ではなく、心の言葉を聞いておられます。自分を欺けても、神は欺けません。主を恐れるふりをしてもお見通しです。自分の真実がわからないなら、真実でありたいという願いを主に捧げればいいのです。
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2019年01月09日

イザヤ28章12節

「主は、彼らに『ここに憩いがある。疲れた者を憩わせよ。ここに休みがある』と仰せられたのに、彼らは聞こうとはしなかった」。

なぜ主が用意された安息をわざわざ捨てて、世の楽しみで心を満たそうとするのか。なぜ神の言葉から離れて、人の知恵に頼ろうとするのか。なぜ空しいとわかっていながら、心惹かれるのか。それが肉の体に巣食う罪の力です。真の憩いと休息は主にのみあるのです。
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2019年01月08日

イザヤ28章5、6節

「その日、万軍の主は、民の残りの者にとって、美しい冠、栄えの飾り輪となり、裁きの座に着く者にとって、裁きの霊となり、攻撃して来る者を城門で追い返す者にとって、力となられる」。

何があっても主から離れず、「残りの者」になろうと心に決めておきましょう。主に踏みとどまる者を、主は放ってはおかれません。そうして困難を耐え抜いた「残りの者」に、神の国の希望を託されます。
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2019年01月07日

イザヤ28章2節

「見よ。主は強い、強いものを持っておられる。それは、刺し通して荒れ狂う雹の嵐のようだ。激しい勢いで押し流す豪雨のようだ。主はこれを力いっぱい地に投げつける」。

近い将来、自然災害や国際政治・経済に大きな変化が予想されます。それらが起こっても、主を知らぬ者のようにうろたえてはなりません。背後には主の強い御手があります。主に信頼すれば、どんな事態にも対処できます。
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