2017年08月03日

詩篇35篇1節

「主よ。私と争う者と争い、私と戦う者と戦ってください」。

ダビデは理由なく憎まれ、妬まれ、迫害されることがありました。そんなときの嘆願です。彼は、「あなたの義にしたがって、私を弁護してください」(24)と、公正な裁きを大胆に求めてもいます。確信と謙遜がなければできない訴えです。へりくだりが義を立てます。そのとき「私と争う者と私の間を、主の義で裁いてください」と言えます。
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2017年08月02日

詩篇34篇18節

「主は心の打ち砕かれた者の近くにおられ、たましいの砕かれた者を救われる」。

人から注意や批判を受けると、防衛的になり、心を固くしがちです。己を省みて少しでも非があるなら、その非を認めて弁解しないでおきましょう。自分が正しくても、人に責められることがあります。勇んで自己正当化するより、主の前に賢く振舞うことを考えましょう。心を柔らかくして主の側に立つ者が勝利者です。
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2017年08月01日

詩篇33篇20節

「私たちのたましいは主を待ち望む。主は、われらの助け、われらの盾」。

この言葉を声高らかに朗読してみませんか。聖書のことばは、本来朗読し、繰り返し唱えるものです。この方が私の味方であると確信できるまで、心の中でも復唱してください。主を「盾」とするなら、恐れが消え去ります。さらに復唱してみてください。「見よ。主の目は主を畏れる者に注がれる。その恵みを待ち望む者に」(18)。
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2017年07月31日

詩篇32篇5節

「私は、自分の罪をあなたに知らせ、私の咎を隠しませんでした。私は申しました。『私のそむきの罪を主に告白しよう』。すると、あなたは私の罪のとがめを赦されました」。

心に罪がなければ、主の前でも人の前でも、堂々としていられます。しかし、隠していれば、心は恐れに踊らされます。罪は、忘れても、心を支配しています。告白すれば赦されるのです。晴れやかな心で一日を初めましょう。
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2017年07月29日

ローマ6章23節

「罪から来る報酬は死です。しかし、神の下さる賜物は、私たちの主キリスト・イエスにある永遠のいのちです」。

罪の報酬は永遠の死、永遠の死は神との永遠の断絶です。信仰の賜物は永遠のいのち、永遠のいのちは神の国での永住です。全てを得るか、全てを失うかであって、その中間はありません。罪=死の世界に首を突っ込むことは恐怖です。神の国の永住者として、今日を喜び楽しみましょう。
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