2020年07月20日

ゼカリヤ8章3節

「わたしはシオンに帰り、エルサレムのただ中に住もう。エルサレムは真実の町と呼ばれ、万軍の主の山は聖なる山と呼ばれよう」。

罪の町エルサレムが「真実の町」と呼ばれる日が来る。これは恵みの宣言です。恵みなので必ず成就します。人々が悔い改めたら、「真実の町」になるというのではなく、恵みによって、悔い改める日が必ず来るのです。私たちにも、前もって恵みが宣告されています。
posted by e-grape at 08:22| All | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年07月18日

ヘブル11章26節

「彼は、キリストのゆえに受けるそしりを、エジプトの宝にまさる大きな富と思いました。彼は報いとして与えられるものから目を離さなかったのです」。

キリストに従うがゆえに味わう苦しみや侮辱は永遠の宝です。地上で朽ちる「エジプトの宝」に執着してはなりません。もちろん、主が用意された人生は楽しんでいいのです。でも、人生の終わりに主から受ける栄光の冠から目を離してはなりません。
posted by e-grape at 07:49| All | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年07月17日

ヘブル11章25節

「はかない罪の楽しみを受けるよりは、むしろ神の民とともに苦しむことを選び取りました」。

モーセは安楽な宮廷生活より、「約束の地」を目指す荒野の旅を選びました。自分ひとりの快楽ではなく、同胞と共に苦しむことを潔しとしたのです。束の間の罪の快楽を貪っても、いずれ後悔し、自己嫌悪に陥ります。むしろ神の計画に参加しませんか。あなたの存在と役割は決して小さくないのです。
posted by e-grape at 07:35| All | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年07月16日

ヘブル11章13節

「これらの人々はみな、信仰の人々として死にました。約束のものを手に入れることはありませんでしたが、はるかにそれを見て喜び迎え、地上では旅人であり寄留者であることを告白していたのです」。

かつて私たちは罪の世界をさまよう「放浪者」でした。しかし主を知った今は、天の故郷を目指す「旅人」です。荷物が多いと、旅は荷物に縛られます。荷物を全部預ければ、身軽に旅を楽しめます。
posted by e-grape at 08:12| All | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年07月15日

ヘブル11章6節

「信仰がなくては、神に喜ばれることはできません。神に近づく者は、神がおられることと、神を求める者には報いてくださる方であることとを、信じなければならないのです」。

神に喜ばれなければ、何を成し遂げても、結局は無価値です。神に喜ばれることであれば、小さなことでも価値があります。飲食、衣服、車の運転、礼儀、公衆マナーなど、日常の些細な事にも、信仰を表わしましょう。
posted by e-grape at 08:23| All | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする