2018年06月30日

Iコリント13章4節

「愛は寛容であり、愛は親切です。また人をねたみません。愛は自慢せず、高慢になりません」。

寛容とは、人を赦すことです。「すべての苦しみの根源は/無条件に無制限に人を赦すという/その一念が消えうせたこと」(詩人八木重吉)。ならば、「すべての喜びの根源は、無条件に人を赦すこと」といえます。愛は人の幸いを妬まず、祝福します。自分中心に考えることを止めると、高慢にはなりえません。
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2018年06月29日

Iコリント13章3節

「たとえ私が持っている物のすべてを分け与えても、たとえ私のからだを引き渡して誇ることになっても、愛がなければ、何の役にも立ちません」。

人は愛することで偉大になります。どんな博愛行為、犠牲的献身も、自己満足や名声のためなら、無益です。人は愛する対象に応じて偉大になります。永遠なる神を愛する者は、人が神を愛するように助けることで偉大になります。永遠のいのちに導くからです。
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2018年06月28日

Iコリント13章2節

「たとい私が預言の賜物を持っており、またあらゆる奥義とあらゆる知識とに通じ、また、山を動かすほどの完全な信仰を持っていても、愛がないなら、何の値うちもありません」。

愛は神と人をつなぐ「結びの帯」、「すべてを完成させるきずなです」(コロ3:14新共同)。神とつながっていないなら、人生も知識も努力も業績もすべて無価値です。神への愛を動機とする行いのみが、永遠の価値を持ちます。
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2018年06月27日

Iコリント12章31節a

「あなたがたは、よりすぐれた賜物を熱心に求めなさい」。

試練に遭うことは新たな賜物を獲得するチャンスです。主は試練を耐え抜いた人に、今までなかった聖霊の力を授けられることがあります。悲しみの中で主の慰めを求めて、癒しの賜物を受けた人、家族の救いを求めて、教える賜物を受けた人、誤解の苦しんだ末、霊を見分ける賜物を受けたもいます。しかし、求めるべき最も優れた賜物は愛です。
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2018年06月26日

Iコリント12篇26節

「もし一つの部分が苦しめば、すべての部分がともに苦しみ、もし一つの部分が尊ばれれば、すべての部分がともに喜ぶのです」。

人間は自己完結するものではなく、互いを「助け手」として必要とします。独りで苦しみ、喜ぶのではなく、共に苦しみ、喜ぶのです。孤立を選べば、多くの知恵と機会を失います。人間は本来、信仰共同体の中で年長者から知恵を学び、支えられ、老人を敬い、成長するのです。
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