2018年05月07日

詩篇104篇34節

「私の心の思いが神のみこころにかないますように。私自身は、主を喜びましょう」。

主の御心に親しむことは、主を喜ぶことから始まり、主を喜ぶことは、信仰から始まります。感情ではなく意志です。主を喜ぶなら、主の教えを学び、実践することも、自ずから喜びになります。喜びなしに学び、祈っても、主の心には近づけません。なにしろ、私たちは主を喜ぶ理由をいくつも持っているのです。
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2018年05月05日

Iコリント7章30節

「泣く者は泣かない者のように、喜ぶ者は喜ばない者のように、買う者は所有しない者のようにしていなさい」。

世のすべては過ぎ去ります。悲しみで涙を流しても、その涙で人生を流されてはなりません。幸運に恵まれ大喜びしても、浮かれて主の道から足を踏み外してはなりません。何かを所有しても、それに依存してはなりません。すべては過ぎ去るのです。いつも冷静に主の教えに立ち帰りましょう。
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2018年05月04日

Iコリント7章23節

「あなたがたは、代価をもって買われたのです。人間の奴隷となってはいけません」。

主に買い取られた者は主の奴隷です。しかし、主の奴隷こそが最も自由な身分です。お金や地位があろうがなかろうが、健康であろうがなかろうが、主の奴隷ならあなたは自由人です。人の評価に左右されるのは、人の奴隷です。カネに仕えるなら、カネの奴隷となります。主に仕えるなら、仕えるほどに心は解放されます。
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2018年05月03日

Iコリント7章17 節a

「ただ、おのおのが、主からいただいた分に応じ、また神がおのおのをお召しになったときのままの状態で歩むべきです」。


「重要なのは神の命令を守ること」(19)であって、外側の形を変えることではないと、パウロは言います。人に良く見てもらおうと、「信仰映え」を求めてはなりません。主から受けた自分の役割、賜物を知ること、それにふさわしい生き方をすること、それが主の栄光を現す道です。
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2018年05月02日

Iコリント7章15節

「神は、平和を得させようとしてあなたがたを召されたのです」。

人生の目的や倫理・価値観が異なる人と、生活や仕事を共にするのは大変です。衝突が避け得ず、相手が離れていくなら、一旦、離れさせなさい、とパウロは教えます。感情の渦巻く中で正しい判断をするのは至難です。相手を変えようとすれば関係を悪化させるだけです。自分が平和を維持しなければ、相手との関係再建の道は開かれません。
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