2018年08月25日

Iコリント16章14、24節

「一切のことを、愛をもって行いなさい。・・・私の愛は、キリスト・イエスにあって、あなたがたすべての者とともにあります。アーメン」。

行いに価値を与えるのは愛だけです。自分のうちに愛がなくても、キリストの愛を動機にして、人を赦し、励まし、祈るのです。辛いことも、主に愛されていると思えば行えます。自分の愛の力だけなら、いつかは疲れ果てます。主の愛は新たな力を生み出します。
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2018年08月24日

Iコリント16章13節

「目を覚ましていなさい。堅く信仰に立ちなさい。男らしく、強くありなさい」。

命も、名も、官位も、金もいらぬという人は始末に困る、だが、そんな人物でなければ大業は成せない。西郷隆盛が山岡鉄舟を評した言葉です。パウロは「栄光の冠」以外は何もいらぬという信仰で、男らしく強く生きました。パウロが強いのは自分を捨てているからであり、弱さに働くキリストの力を体験しているからです。
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2018年08月23日

Iコリント15章55節

「死よ。おまえの勝利はどこにあるのか。死よ。おまえのとげはどこにあるのか」。

「最後の敵」(26)である死への勝利宣言です。死そのものが滅んだのです。私たちはもはや死の力に支配されていません。ですから、死んだら終わりであるかのような生き方をしません。たとえどんな死に方をしても、永遠に生きるという約束は変わりません。日々の労苦や忍耐、成功にも失敗にも、永遠の意味を見出します。
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2018年08月22日

Iコリント15章53節

「朽ちるものは、必ず朽ちないものを着なければならず、死ぬものは、必ず不死を着なければならないからです」。

「外なる人」はやがて衰えます。しかし、「内なる人」は「不死」を着ており、日々新しくされます(II4:16)。お金はいずれなくなります。私たちはそのお金を「永遠に残るもの」のために使います。それが「不死」を着た者の信仰表現です。食物は朽ちて消えます。その食べ方も信仰表現です。
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2018年08月21日

Iコリント15章49節

「私たちは土で造られた者のかたちを持っていたように、天上のかたちをも持つのです」。

私たちは体に合わせて服を選びます。服に体を合わせることはしません。そんなことはヤドカリでも知っています。私たちはやがて「天上のかたち」を持ちます。ですから、滅ぶべき「土のかたち」ではなく、「天上のかたち」に合った「服」を賢く選ぶのです。「天上のかたち」にふさわしい品性が身についてきます。
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