2017年07月28日

ローマ6章19節

「あなたがたは、以前は自分の手足を汚れと不法の奴隷としてささげて、不法に進みましたが、今は、その手足を義の奴隷としてささげて、聖潔に進みなさい」

この世にあっては否応なく、汚れや不法にさらされます。しかし、私たちの意志で避けられる汚れや不法もあります。サイト、テレビ番組なども、何となく見るのではなく、心を汚れに引き込むか聖潔に進ませるか、賢く選別しましょう。
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2017年07月27日

ローマ6章16節

「あなたがたはこのことを知らないのですか。あなたがたが自分の身をささげて奴隷として服従すれば、その服従する相手の奴隷であって、あるいは罪の奴隷となって死に至り、あるいは従順の奴隷となって義に至るのです」。

あなたの主人は誰ですか。あなたが仕えているものが、あなたの心を支配し、あなたを動かします。自分の主人がはっきりしていれば、今日なすべきこともはっきりします。
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2017年07月20日

詩篇29篇11節

「主は、ご自身の民に力をお与えになる。主は、平安をもって、ご自身の民を祝福される」。

主はご自分の民を見つけては、力と平安を与えることを喜びとされます。私たちも主の宝の民です。私たちの「欠けたところ」を補うことを喜びとされます。恐れがあるなら、平安で満たして楽しまれます。心に闇があるなら、そこに光を届かせて微笑まれます。そのように、私たちと共にいることを喜ばれます。
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2017年07月19日

詩篇28篇7節

「主は私の力、私の盾。私の心は主に拠り頼み、私は助けられた。それゆえ私の心はこおどりして喜び、私は歌をもって、主に感謝しよう」。

主を盾とするなら、苦しみの時は必ず過ぎ去ります。人の悪意や悪口にも、主に拠り頼んで動じなければ、やがて相手が恥じ入ることになります。心躍らせ喜ぶなら、病気であっても心までは冒せません。感謝と賛美は、耐えられそうもないことを耐えさせます。
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2017年07月18日

詩篇28篇2節

「私の願いの声を聞いてください。私があなたに助けを叫び求めるとき。私の手をあなたの聖所の奥に向けて上げるとき」。

言葉に表現できない心の思いや願いを両手でつかみ出し、その手を主に向けて上げ、叫ぶのも祈りです。何事もなく平穏に暮らす日々であれば、気づかなかった主の憐みや諭しを知ることになります。苦難や閉塞を、主との交わりを深める機会にするかどうかは、私たち次第です。
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