2017年09月22日

ローマ9章20節

「しかし、人よ。神に言い逆らうあなたは、いったい何ですか。形造られた者が形造った者に対して、『あなたはなぜ、私をこのようなものにしたのですか』と言えるでしょうか」。

人は神から託された役割があり、その役割に応じた能力や賜物が与えられています。能力や賜物の大小より、役割の自覚のほうが大切です。人と比べず、自分が受けている役割を忠実に果たすことが、心を満ち足らせます。
posted by e-grape at 07:15| All | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月21日

ローマ9章16節

「したがって、事は人間の願いや努力によるのではなく、憐れんでくださる神によるのです」。

願いや努力は大切です。しかし、神の憐れみなしには、何事も成就しません。神は「恵もうと思う者を恵み、憐れもうと思う者を憐れむ」方です(出エ33:19)。では、神はどんな人を憐れまれるのか。それはわかりません。ただ、結果的に、神の憐れみをムダにしない人が、憐れみを実感しているようです。
posted by e-grape at 07:09| All | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月20日

ローマ9章3節

「もしできることなら、私の同胞、肉による同国人のために、この私がキリストから引き離されて、のろわれた者となることさえ願いたいのです」。

想像しても恐ろしいほどの愛です。主の十字架を目指す愛です。私たちはこれ程の愛を抱いたことがあるでしょうか。感情の勢いでも言えない言葉です。ただ、その崇高さにひれ伏すほかありません。でも、そう言えることを目指して同胞の救いを祈りましょう。
posted by e-grape at 07:41| All | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月19日

ローマ9章2節

「私には大きな悲しみがあり、私の心には絶えず痛みがあります」。

パウロの悲しみは、ユダヤ人が主イエスを拒絶していることです。同胞を愛するがゆえの痛みです。その同胞に迫害されてもなお、同胞の救いを祈ります。あなたはキリストを信じない同胞にどんな思いを抱いていますか。悲しみですか。それともあきらめや蔑みですか。このままでは彼らは滅びます。「パウロの痛み」を継承しましょう。
posted by e-grape at 07:15| All | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月18日

ローマ8章38、39節

「私はこう確信しています。死も、いのちも、御使いも、権威ある者も、今あるものも、後に来るものも、力ある者も、高さも、深さも、そのほかのどんな被造物も、私たちの主キリスト・イエスにある神の愛から、私たちを引き離すことはできません」。

この保証があるのですから、もっと自分を主に捧げませんか。人の顔を恐れず、縮こまらず、御言葉を実践すれば、驚くべきことを主がなさいます。
posted by e-grape at 07:47| All | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする