2017年11月24日

詩篇63篇1節

「神よ。あなたは私の神。私はあなたを切に求めます。水のない、砂漠の衰え果てた地で、私のたましいは、あなたに渇き、私の身も、あなたを慕って気を失うばかりです」。

心がどんなに渇き切っても、その渇きを神以外のもので癒そうとしてはなりません。目の前の手ごろな愛や安っぽい幸福に引かれて、この程度でいいと妥協してはなりませ。人のたましいは神の愛と恵みでしか、癒されないのです。
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2017年11月23日

詩篇62篇8節

「民よ。どんなときにも、神に信頼せよ。あなたがたの心を神の御前に注ぎ出せ。神は、われらの避け所である」。

平穏な時は生温く、試練の時はしなえてしまうのでは、本物の信仰とは言えません。信仰者は、平穏な時も試練の時も、変わらず主に信頼します。誰しも、ハンナのように、心を注ぎ出して祈り続けるべき時があります。今がその時であると思うなら、明日に延ばすことなく、今日しましょう。
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2017年11月22日

詩篇62章1、2節

「私のたましいは黙って、ただ神を待ち望む。私の救いは神から来る。神こそ、わが岩。わが救い。わがやぐら。私は決して、揺るがされない」。

心が騒ぐときは、口だけではなく心も黙らせて、静かに主を仰ぐのです。主の平安が心に浸透し、主の憐れみと救いが見え始めます。感情任せに動けば、事態は悪化し、闇が覆うだけです。主の岩の上に立ち、あせらず、じっと待ちましょう。主が動き始められます。
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2017年11月21日

詩篇61章2節

「私の心が衰え果てるとき、私は地の果てから、あなたに呼ばわります。どうか、私の及びがたいほど高い岩の上に、私を導いてください」。

体も心も疲れ果て、主が遠くに感じられる時があります。でも、それは私たちの思いなしであり、実は、そんな時こそ主は最も近いのです。暗い思いに引きずり込まれないよう、心を切り替えて主に叫びましょう。主が用意されている将来の希望を見せてくださいます。
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2017年11月20日

詩篇60章5節

「あなたの愛する者が助け出されるために、あなたの右の手で救ってください。そして私に答えてください」。

神に愛されていることを疑ってはなりません。キリストは、真夜中の荒れる湖に沈むペテロの手をつかんで、引き上げてくださいました。主の「右の手」が私たちにも差し出されています。「右の手」は全能です。「救ってください」と叫ぶなら、どんな闇の深みからも救い出してくださいます。
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